交通権学会は、交通を権利として探究する学際的・実践的な学会であり、1986年に誕生した。交通権の思想は、重度障害者らの「私も外へ出たい」という移動・交通保障、私的モータリゼーション政策への批判といった1970年代の先駆的研究と運動の成果を継承しながら、とりわけ1980年代の「国鉄の分割・民営化問題」への理論的探究から生まれた。交通権学会の発足以来、わが国初の交通権訴訟である「和歌山線格差運賃返還請求事件訴訟」をはじめ、国民の交通権をめぐる種々の課題に取り組むとともに、「21世紀の交通像」を視野にいれた「交通権憲章」草案を検討してきた。
交通権とは「国民の交通する権利」であり、日本国憲法の第22条(居住・移転および職業選択の自由)、第25条(生存権)、第13条(幸福追求権)など関連する人権を集合した新しい人権である。すなわち、現代社会における交通は、通勤・財貨輸送などの生活交通はもちろん、物流・情報など生産関連交通、旅行などの文化的交通、さらに災害救助の交通など広範にわたるため、国民が安心して豊かな生活と人生を享受するためには交通権の保障と行使がかかせない。もちろん交通権の行使には、交通事故や交通公害など他者の権利の侵害を含まないし、長距離通勤などの苦役的移動からの解放も含まれる。
新しい人権である交通権は、政府・自治体・交通事業者などによって積極的に保障され充実される。すでにフランスでは社会権の一つとして初めて交通権を明記した「国内交通基本法」(1982年)が制定され、アメリカでは交通上の差別を禁止した「障害をもつアメリカ人法(ADA)」(1990年)が制定されている。わが国でも「福祉のまちづくり条例」の制定などによって交通面のバリア・フリーが少しずつ保障されつつある。
人類5000年の歴史は、自然や社会的障壁と闘いながら、自分の意思による歩行と移動から始まり、交通手段の開発と利用、さらには交通自体を楽しむ国内外の旅行といった限りない生活圏拡大の歩みでもあり、日本国憲法でいう「人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果」といえよう。いまや21世紀を目前にして、世界的には地球環境問題、わが国ではさらに少子・高齢化社会の急速な到来によって、交通権にもとづく新しい交通像とその実現が求められている。交通権は人間の夢と喜びを可能とする。
ここに、交通権学会の英知である「交通権憲章」草案を提案する。
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